彼らを撮影するのは、もちろん郷愁からなどではない。 人間としての未完成な部分、脆さ、などが肉体的にも精神的にも 突出した様相で存在している姿を捉えたいからだ。 或る年令層というのは、時代や個人が変わっても存在する。 私自身が歳を経て、彼らとの距離が離れるほど、 その存在感を冷静に見つめる事も出来る。 しかし、彼らのどこか切迫したような不安定さは、 存在感を求める多くの人の姿に共通しているようで、 見て見ぬふりは出来なくなるのだ。
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